医療扶助はなぜ窓口負担ゼロなのか|支援と不公平感のあいだで

はじめに|制度として当然の仕組みは、なぜ議論になるのか

生活保護の医療費が「窓口負担ゼロ」であることが、インターネットや日常会話ではたびたび疑問や批判の対象になります。本記事では、まず制度の目的と背景を整理したうえで、なぜこの仕組みが誤解されたり批判されやすいのかを考えます。

医療扶助とは何か|生活保護制度における位置づけ

生活保護にはいくつかの扶助があり、その一つが医療扶助です。医療扶助が設けられた理由、対象となる医療行為、窓口での支払いが不要な仕組みについて、制度の基本を整理します。

なぜ窓口負担がゼロなのか|制度設計の背景

生活保護の基準額は、日常生活を維持するための必要最低限として設定されています。そのため、医療費までを生活費の中から賄うことは想定されておらず、医療については「現物支給」という別枠の仕組みが採られています。具体的には、医療費は受給者に現金として渡されるのではなく、医療機関に対して直接、公費で支払われる仕組みになっています。

医療費に自己負担があると、限られた生活費を削ってでも支払うか、受診自体を控えるかという選択を迫られる人が出てしまいます。命や健康を守るという制度の目的から、生活保護制度では医療へのアクセスを最優先し、窓口負担ゼロという形が選ばれてきました。

一方で指摘される課題|なぜ議論が起きるのか

窓口負担がないことで、受診行動や医療提供のあり方に影響が出る可能性がある、という指摘もあります。ここでは、いわゆる「モラルハザード」という言葉が使われる背景を、患者側・制度側の構造として整理します。

過去には、一部の生活保護受給者による不適切な行動として、複数の医療機関を受診し、同種の薬を重複して受け取り転売していたとされる事例が報道されたこともあります。ただし、制度上は同一の疾病について複数の医療機関を自由に受診できる仕組みにはなっておらず、こうした事例が生じた場合には、受給者個人の問題だけでなく、行政側の把握や対応の在り方も含めて検討されるべき側面があります。

また、モラルハザードは受給者側だけに生じるものではありません。窓口負担がないことによって、医療機関側にとっても診療報酬が確実に支払われる構造となり、不要な検査や頻回受診を促すなど、生活保護の患者を「固定的な収入源」として扱ってしまうリスクが指摘されることがあります。こうした話は、私自身が複数の医療関係者から聞いたものであり、個々の医療者の倫理の問題というより、制度設計がもたらす歪みとして捉える必要があります。

また、医療費が無料であることで受診のハードルが下がり、比較的気軽に医療機関にかかる人がいる一方で、反対に「無料であること」に心苦しさを感じ、必要な受診をためらってしまう人がいるのも現実です。窓口負担ゼロという仕組みは、利用者の行動や心理に対して、必ずしも一様ではない影響を与えています。

現役世代の医療負担が重くなっているという背景

医療扶助への不満や不公平感は、受給者側だけを見て生まれているわけではありません。現役世代にとっては、医療機関の窓口で原則3割の自己負担が求められるうえに、高額療養費制度における自己負担限度額の見直しや、毎月支払う社会保険料の負担増が続いており、「支えている側」としての負担感が強まりやすい状況があります。

医療費そのものに加え、給与明細で可視化される保険料負担の重さは、「自分はこれだけ負担している」という実感を生みやすく、その感覚が制度全体への不満として表れやすくなります。こうした背景を抜きにして、生活保護の医療扶助だけを切り取って議論すると、問題の構造が見えにくくなります。

一部自己負担をめぐる賛否と制度設計上の論点

現行制度を前提としたうえで、一部自己負担を導入した場合に想定される影響や課題、そして制度設計上の論点を整理します。生活保護の基準額は、一部自己負担を継続的に支払える余裕を前提とした水準ではないため、自己負担を導入した場合には、受診控えによる重症化などが起こる可能性も否定できません。

その一方で、窓口で一定額を支払う仕組みがあれば、医療費が可視化され、患者側・医療側の双方にとって不要な医療行為への歯止めとして機能する可能性もあります。さらに、マイナンバーカードの普及によって医療費管理がデジタル化されれば、いったん窓口で支払った後に後日還付する仕組みなど、制度設計の選択肢が広がる余地も考えられます。

支援と尊厳をどう両立させるか|制度を考える視点

社会から批判され、ときに医療従事者からもSNSで誹謗される生活保護の医療扶助の問題は、窓口負担がゼロであることが本当の意味で支援になっているのか、という問いを投げかけています。制度は支援のためにありますが、受給者が置かれる立場や尊厳のあり方も無視できません。受給者の尊厳を考えたとき、窓口負担ゼロという一つの形だけでなく、いくらかの負担金を支払うという選択肢も含めて、支援のあり方を考える余地があるのではないでしょうか。

おわりに|制度を理解することが議論を落ち着かせる

医療扶助の窓口負担ゼロは、目的を持って設計された制度です。ただし、近年強まっている不公平感は、生活保護の医療扶助だけに原因があるというより、現役世代の生活そのものが圧迫され、支える側の余裕が失われつつあることとも深く関係しているように見えます。制度を部分的に切り取って善悪を論じるのではなく、現役世代の負担も含めた社会全体の構造として捉え直すことが、議論を落ち着かせるための出発点になるのではないでしょうか。

コメント